2006年02月14日

伝道者の言葉3

この世の中、何事にも定まった時期があり、
すべての営みにはふさわしい時がある。

生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。
植えるのに時があり、植えた物を引き抜くのに時がある。
殺すのに時があり、いやすのに時がある。
くずすのに時があり、建てるのに時がある。
泣くのに時があり、ほほえむのに時がある。
嘆くのに時があり、踊るのに時がある。

石を投げ捨てるのに時があり、石を集めるのに時がある。
抱擁するのに時があり、抱擁をやめるのに時がある。
捜すのに時があり、失うのに時がある。
保つのに時があり、投げ捨てるのに時がある。
引き裂くのに時があり、縫い合わせるのに時がある。

黙っているのに時があり、話をするのに時がある。
愛するのに時があり、憎むのに時がある。
戦うのに時があり、和睦するのに時がある。

人の苦労は何になるだろう。
私は神が人間に与えた務めを悟った。
神のなさることは、何事も時にかなって美しい。
そして神は人間に永遠を思う心を与えられた。
だが、人は神が行うわざを初めから終わりまで
見きわめることはできない。

そして私は知った。
人間にとって最も幸福なのは、
喜び楽しんで一生を過ごすことだと。
誰もが食べたり飲んだりし、あらゆる苦労の中にも
しあわせを見いだすのは、神の与えた賜物であると。

私は知った。
神のすることはすべて永遠に変わらないことを。
それに何かをつけ加えることも、
そこから何かを取り去ることもできない。
人は神を恐れ敬うように定められている。

今あることは、すでにあったこと。
これからあることも、すでにあったこと。
神はすでに追い求められたことを、
これからも捜し求められる。

さらに、私はこの世界でさばきの場に不正があり、
正義の場に不正があるのを見た。

私は思った。
「神は正しい人も悪者もさばく。
すべての営み、すべてのわざには、時があるからだ。」
私は人間について思った。
「神が人間を試みるのは、人間も動物にすぎないことに
私たちが気づくためだ」と。

人間の結末と動物の結末とは同じ結末だ。
人も死ねば、動物も死ぬ。
両方とも同じ息を持っている。
人は何も動物にまさっていない。
すべてはむなしい。

みな同じ所に行くのだ。
すべてのものはちりから出て、すべてのものはちりに帰る。
誰か知っているのか。
人間の霊は上に上り、動物の霊が地の下に降りて行くと。

私は悟った。
人間は自分の仕事を楽しむよりほかに、
何も良いことがないと。
それが人の受ける分け前だ。
これから後に起こることを、誰が見せてくれるのだろうか。
posted by FM at 09:57| 東京 ☀ | TrackBack(0) | Word | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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