2005年01月28日

聖書と科学は両立できるのか?

いまやクリスチャンの私も、大学時代(ミッション系)は
聖書の内容は「非科学的」で、「これを学問として学ばせるなんて…」
と聖書には興味ナシでした。というか、読み始めても必ず挫折してた。

Web『進化論と創世記 ある進化論キリスト者の主張』」で、
「信仰と科学って本当に相容れないものなのか?」という疑問を表明した私ですが、
「信仰と科学は両立できる」と思いました。

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このページを書くにあたり、
『鹿嶋春平太チャーチ』内聖書思想の基礎知識
は大変参考になりました。
クリスチャンにも、ただ聖書ってことばに
目が留まった人にもおすすめです。
Web『鹿嶋春平太チャーチ

また、『新信仰生活入門』ジョン・ホワイト著(すぐ書房) 
も視野を広げてくれました。
こちらはおもにクリスチャンにおすすめです。

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聖書は「科学的」に読むものじゃないんですね。
様々な語り口で、一つのメッセージを伝えようとしてる本です。

親が子供に「ウサギと亀」の話をするときは、
「ウサギと亀の生物学的構造の違い」について話したいからするのではなく、
「うぬぼれやすい自信家より地道な努力家がよい」というメッセージを
伝えたいから、ウサギと亀を使う。

Mr.インクレディブル」は
「スーパーヒーロー、現実社会にいないし!」
というツッコミを期待してるのではなく、
「どんなパワーを持っていても、家族を守ることが一番かっこいいのだ」
というメッセージを伝えたいから、引退して窓際族になった
元スーパーヒーローを使う。

聖書も同じだと思います。
「書かれていることは科学的かどうか?」
について話したいのではなく、
「土から人間なんて、フツー作れない!」
というツッコミを期待してるわけでもなく、
「神は存在し、人間を愛している」
というメッセージを伝えるために、
「非科学的」方法をとっているのです。

「ウサギと亀の生物学的構造の違い」について分析始めたら、
この話の意味は分からないように、
「現実社会にしない存在を認めない」なら
「Mr.インクレディブル」を見ようとも思わないように、
「科学的事実と聖書記述の違い」について論じるなら、
「神の存在を認めない」なら、聖書のメッセージにたどり着けない。

聖書の読み方は私も勉強中でまだまだなんですが、
「言わんとすることは何か、それを探る」という、
大学受験でいうところの「現代文」の読解法で
アプローチする必要があるのだな、と思います。

現代文を学びつつ物理や化学を学んでも
高校生の頭に混乱が生じないように、
聖書=読解するものと思えば、科学と信仰は両立できるな。

私はそう思いました。

聖書が「人生のテキスト」といわれるからといって、
パソコンや携帯の取扱説明書みたいな、
読んだとおりに行動するための本(マニュアル)のような
読み方をしてしまってはダメなんでしょうね。
「ストーリーの影で、何を言おうとしているか?」を探って読む。
小説や映画のように、その世界にとりあえず浸ってみる。
そうやって読めばいいんですね。

これからもじっくり聖書読解を続けていきたいと思います。

楽に読める聖書「Surfer's Bible
posted by FM at 15:37| 東京 ☁ | TrackBack(1) | faith | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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Excerpt: 「1:1 初めに、神は天地を創造された。」 聖書を初めて開くと出てくる文面。 この世には、人類は微生物から徐々に進化したという進化論と, 神が全てを創造されたという創造論が存在しますね。 この..
Weblog: 新大久保のクリスチャン
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