2005年02月08日

そもそも。クリスチャンて、何よ?

神学的に正しいかどうかは分かりませんが、
クリスチャンという立場から、再びクリスチャンが何であるか、
考えたいと思います。



高校時代、牧師の娘だった友人に私はたずねました。

「キリスト教ってどんな宗教?」
「イエス・キリストが復活したことを信じること。」
「…はい?」
「イエスが復活したことを信じるだけ。それがキリスト教だよ。」
「ハァ???」

ただよみがえりを信じるだけ?
鍛錬とか、修行とか、そういうんじゃないわけ??
そもそもキリスト教って、何?クリスチャンて、何?

注)
これはFMの私的な信仰です。まだまだチリよりも小さい
信仰ですので、なってない部分もたくさんあるかと思います。
ですが、イチ☆クリスチャンとして日々こんな思いを抱いている
ということを、特にクリスチャンでない方々に知っていただきたいデス。

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キリスト信仰の原点に存在するイエスは、2000年前のイスラエルで、
社会的にドロップアウトしていたり、弱者だったりする人々に、
神様の愛を説きました。

イスラエル社会は旧約聖書に書かれている、
万物を創造された神様の戒めと法を守り、
神様に従って生きることが絶対とされていました。

しかし、どんな社会でも起こりうるように、
イスラエルでも時が経つにつれ、形式的に
神様の戒めを守ることばかりが語られ、神様の
本意に従うことがなおざりにされるようになります。

イエスは旧約聖書について非常に深い洞察を持っていました。
彼は貧しい人や差別されている人などの
社会的弱者に神様のことを伝え、彼らも神様から
愛されていると力強く伝えていきました。

(「社会的弱者=神様から遠く離れていて救いようがない存在」
とされていたのです。)

日ごろ世間から冷たい目で見られていた人々にとって、
差別することなく教えを説き、あなたにも
生きる価値があると伝えるイエスは、当然大人気。
追っかけがついてまわるようになります。

しかしあまりの人々の熱狂ぶりに、体制側は警戒を強めます。
そしてイエスは捕らえられ、犯罪者として十字架で
死を迎えるのです。ところがイエスは3日後、墓から消え
人々の前に姿を表わしました。

死んだフリなど不可能な十字架刑(映画「パッション」参照)で
明らかに死んだにもかかわらず、復活したこと。
思いっきり自然法則を覆したこの現象を、クリスチャンは
「神様が人間を愛していたからこそ、起きた」と考え、
「それだけ人間への神様の愛は深いのだ」と理解します。

「神様は、遠いところでただ世界の盛衰を
ぼうっと眺めているのではなく、積極的に人の人生に
関わるほど、人間を愛しているらしい。」

復活を信じるとは、こういったメッセージを感じとることでしょう。


もっとキリスト教、イエスについて知りたいと思う方は、
新約聖書・ルカの福音書を読んでみてください。
(ラクに読める聖書「Surfer's Bible」)

もしくは教会へ行ってみてはいかがでしょうか?

復活って非科学的すぎて信じられにゃい…と思う方は
「ナザレのイエスは神の子か」がおすすめです。
私も信じられなかった頃、この本を読んで、
復活は「あり」だな、と思いました。
こちらはある程度の聖書の知識が必要です。
posted by FM at 16:48| 東京 ☔ | TrackBack(1) | faith | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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