2005年02月11日

「あなたが病気だって、いいんだよ。」

聖書はとてもカウンセリング要素の強い本です。
実際何度もどん底のときに支えてもらっています。
というわけで、カウンセリング的に聖書読解をしてみようと思います。
聖書をよく知らない人にも、聖書の持つ「癒しの力」を
感じてもらえればいいな、と思います。


注)
私は神学を修めたものではなく、あくまでイチ☆クリスチャンです。
ですので、他の解釈もありますし、もしかしたら、
何か抜けてるかもしれません。その点ご容赦願います。

「あなたが病気だって、いいんだよ。」

※イエスのストーリーを、かなり大胆に読んでしまいます。
以下文中の「中風」「罪」を「引きこもり」に変えてみてください。

イエスは学者たちを前にメッセージを語っていました。
すると男たちが、中風の人をイエスに治して
もらおうと担架に乗せてやってきました。
近づきたくても人がいっぱいで近づけません。

何とかして彼を治したい男たちは必死で手を考えます。
とうとう男たちはイエスのいる家の屋根に登って、屋根に穴をあけ、
中風の人を乗せたまま、イエスの前に担架をつり降ろす
というとんでもない方法を思いつきました。

イエスがお話を続けてると、頭上からバラバラ屋根の破片が
落ちてきて、ゆらゆらと担架が降ろされてきました。
人が乗っているようですが、今にも落ちそうです。
男たちが騒ぎます。
「イエス様。彼の中風を治してください!!」

イエスは降ろされた中風の人にいいました。
「さあ君。あなたの罪は赦されましたよ」

それを聞いた学者たちはぶつぶつ言い始めました。
「神を冒涜しておる。こんな罪を許せるのは神だけなのに」

イエスはぼやく彼らに視線を合わせました。
「あなた方は何を考えているのですか?
中風の人に、『起きて歩け』と言うのと、
『あなたの罪は許された』というのと、
どちらが簡単ですか。」

(Luke 4:17-23より)

古代イスラエル社会で、病人は罪人です。
罪をしょってる人間は、神様から遠いとされ、
さげすまされていました。

お堅い学者たちから見れば、病人は理解できない、
普通じゃない人です。
しかしこの中風の人は、果たして自分から中風になったのか?

引きこもりの人々もそうではないでしょうか。
引きこもる気持ちを知らない人々からすれば、
引きこもりの人=普通じゃない人間、理解不能なのかもしれません。
でも、自分から「よーし今日から引きこもりだっ♪」
って自ら引きこもったのか?

中風の人、寝たきりの病人が起き上がって歩くのと同じくらい、
引きこもりの人が、部屋から立ち上がり、社会へ出てゆくのは
難しいことだと思うのです。

それなら私たちにできることは、
「引きこもっててもいいんだよ。」
と彼らの引きこもりという現実を、認めることではないでしょうか?

イエスは中風の人に「赦された」といいました。
「病気を抱えたあなたでいいんだよ」
という意味ではないでしょうか?

神の赦しについて書かれたこの個所ですが、
私たちが悩みを抱えた人々に接する態度も
示唆していると思います。

彼らの問題を解決しよう!とするのではなく
問題を抱えてるその人の現実を認めること。
サポーターとして大切なポイントだと思います。

寝たきりかもしれない。外出恐怖症かもしれない。
パニック症候群かもしれない。鬱かもしれない。
アダルトチルドレンかもしれない。摂食障害かもしれない。
でもね、だからって自分はダメって思わなくていいんだよ。
その病気がすぐに治らなくても、病気抱えてるあなたを、
私は認めてるんだから。

自分の状況に引け目を感じる多くの人が、
そういったメッセージを得られることを祈ります。

ちなみにこのあと、イエスは彼の中風を
奇蹟で治してしまうのでした。

ラクに読める聖書「Serfer's Bible
posted by FM at 19:31| 東京 ☁ | TrackBack(0) | faith | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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