2006年08月11日

おぼれそうなくらいに、苦しい時は…

子どもの頃、水泳が大好きでした。 スピードを上げたくて、手足を早く動かしてみることにしました。

…全く前に進まないんです。

もっと頑張って手足を動かすが、やっぱり全然アップしない。ムキになってバタバタしてる私にコーチが言いました。

「体全体が揺れてしまってる。それじゃ水の抵抗で進まないよ。力を抜いて、水の抵抗を受けないようにしなさい。」

有名な事実だけど、泳げる人でもおぼれます。腰までの水位(お風呂とか)でもおぼれます。

ショックでパニックになって暴れてしまうと、オリンピック選手でもおぼれるんです。前に進めなかった私と同じく、水の抵抗で逆に動けなくなるから沈んでしまうのです。

おぼれないためには…?

おぼれないためには、力を抜くことです。

泳がないと水に浮かない!と思うけど、違うのです。泳がなくても水に浮くのです。頑張ってもがいたら助かるんじゃなく、水も飲むし、息できなくって苦しいけど、じっとしていれば助かる。

何もしなくても、人は浮くんです!

何か大変な時もそう。人間関係や、問題がこじれてる時、自分を変えたいのになかなか変わらない時。もがいている手を少し緩めると、自然に浮上していったりするのです。

神を知るって作業は、おぼれかかっている時にちょっと力を抜く作業です。

自分の力よりも大きな神の力が必ず支えてくれると信じ、その時は本当に苦しいのですが、自分の力でもがくことをやめてみること。

クリスチャンだって普通の人と同じように喜怒哀楽もあるし、何らかの依存や異性、家庭、人間関係の問題を抱えてたりします。生活の中で起こるひとつひとつの問題にぶつかって苦しむのは、クリスチャンだろうがそうでなかろうが、いい人だろうが問題だらけの人だろうが、皆同じです。 

しかし、クリスチャンが他の人々と大きく違うのは、ある時点でふと「ああ、神様は私を救うために、Jesusを遣わしてくれたんだった…。だから何もしなくても私は浮上できる。」って力が抜ける瞬間を、持っていること。

クリスチャンも、洗礼を受けたら一気に聖人になるわけではありません。Good Newsは味わい深いもの。 少しおぼれかかって、ある時点で力を抜いてまた浮上する、神を知る作業はライフワークなのです。

何とかしたい問題があって、どうしても肩の力を抜けない時。思い出してみて下さい。

何もしなくても、人は浮くのです。
posted by FM at 15:53| 東京 🌁 | TrackBack(0) | faith | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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